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1: 風吹けば名無し 2013/10/12 21:27:24 ID:wqaF/yKS
 




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◇2人に言って欲しかった

 9月下旬のある夜、「話があります」と小池正晃が声をかけ、多村仁志、後藤武敏の3人が横浜市内で食事をしていた。

 小池と後藤は横浜高校時代のチームメート。多村はその4つ上の先輩。今年、多村が横浜に復帰してからは、3人はいつも行動を共にしていた。集まれば高校時代のように他愛のない話。しかし、この日は違った。呼び出された2人とも、話の内容は分かっていた。重苦しい空気が3人の間に漂っていた。

 「引退を考えています。守備、走塁はまだ成長できると思っている。でも、打撃に関しては自信が持てなくなった。そして、ここから大きく成長できるとは思わない。気遣いは抜きにして、俺のバッティングをどう思いますか? 『指導者に』と声をかけてくれている球団の誘いを断ってでも、まだ選手として勝負できるだろうか?」

 長い沈黙があった。後藤は目を真っ赤にしていた。「小池は、中学の頃から神奈川では知らない者はいないスター選手。そんな小池が弱音を吐く姿を始めて見た。ショックだった」

 しばらくして、多村が口を開いた。「今年のバッティングでは厳しい。生まれ育った横浜で引退して指導者の方が……」

 言葉に詰まる多村が話し終わるのを待たずに、小池が答えた。
「わかりました。ありがとうございます。指導者として頑張ります」

 実は3人で集まる前に、小池は妻に「今年で引退すると思う」と伝えて来ていた。もう考えは決まっていた。でも、どこかで未練が断ち切れなかった。「だから、心から信頼する2人に『引退した方が良い』と言って欲しかった。決意させて欲しかった」

 また、訪れた長い沈黙。再び多村が切り出した。

 「でも、今日はまだ『お疲れさま』とは言わない。横浜スタジアムでの引退試合。最高の舞台で、最高のスイングを見せろ。だから、その日までしっかり準備しておけ」


◇しまいこんでいたフルスイング
 「小池正晃と言えば、バント」。自身のプレーについて聞かれると、小池は必ずこう答える。長打も狙える力強いバッティングもあるが、確かなバントや的確な状況判断によるチームバッティングに努め、15年間プロの世界で活躍してきた。

 そのスタイルを確立したのは、プロ7年目の2005年だった。当時、横浜の新監督に就任した牛島和彦氏が「結局、一番偉いのはバントがしっかり出来る選手」とキャンプから口癖のように言っていた。それを聞いていた小池が思わず監督に声をかけた「監督、僕バントできます」。プロ入り6年間でまだ1軍で定位置を確保できていない小池の必死のアピールだった。

 「いま思うと、よくあんなこと言ったなと思う。完全にハッタリだった。学生時代から、あまりバントなんてして来なかった。全く自信はなかった。でも、そうでもしないと試合で使ってもらえない。必死のハッタリだった」

 そこから、猛特訓が始まった。「ホームラン打てます、と言って最初の打席で凡打してもまだ2回目のチャンスはあるかもしれない。でも、バントできます、と言って失敗したら2回目のチャンスは絶対にやって来ない。失敗は許されない」。必死の特訓の甲斐もあり、その年と翌年の2006年には2年連続で最多犠打を記録。そうして信頼を掴み、徐々に1軍での出場機会を増やしていった。

 思えば、プロになってから無心で思い切りバットを振ったことなど、ほとんど無かった。「ホームランバッターばかりでは勝てない。勝つためには、そうしたバッターたちを繋げて一つの『線』にする、そんな隙間を埋める役割のバッターが必ず必要」と、黒子に徹する自分の役割に誇りを持っていた。トレードで移籍した中日ではその持ち味を生かして、2度のリーグ優勝も経験した。「もちろん、思い切りバットを振ってみたい、子どもたちに「パパ、かっこいい」と言ってもらえるようなホームランを打ちたいという想いはある。でも、その想いは胸にしまって、チームの勝利を最優先にしたバッティングを常に心がけて来た」


◇パパのかっこいいホームラン
 迎えた、2013年10月8日(火)、現役最後の試合。7番ファーストで先発出場した小池を、超満員の横浜スタジアムの大観衆が待っていた。

 2死3塁のチャンスで回ってきた4回裏の第2打席、小池が打席に向かうと一際大きな歓声が送られた。

 「嬉しいことよりも、悔しいこと、辛いことの方が多かった現役生活だった。でも、この声援があったから続けて来られた。この声援があったから力を発揮できた」そんなことを感じていた。真ん中高めに来たストレートを強振すると、打球は歓声に後押しされるように伸びてレフトスタンド最前列に飛び込んだ。

 ベンチでは後藤が大粒の涙を流していた。「まだ試合は終わってないよ。泣き過ぎだよ」と笑顔で声をかけた。

 劇的な展開。しかし、まだドラマは終わらない。8回、現役最後の打席。ネクストバッターズサークルからバッターボックスに向かう最中に自然と涙が流れてきた。涙で視界がぼやける。「打てそうな球が来たら、思い切り、力いっぱいバットを振ろう」。その2球目、内角低めのボール球を「15年間であんなに思い切りバットを振ったことがない」という、体勢を崩してしまうほどの大きなスイングで捉えると、ボールはレフトスタンドに吸い込まれていった。

 溢れ出る涙を拭いながらダイヤモンドを一周した。ネクストバッターズサークルでは、多村が待っていた。固く抱き合い、多村が「お疲れ」と声をかけた。多村との約束を、最高の形で実現した。試合後の引退セレモニーでは「最後に、パパのかっこいいホームランを見せられた」と胸を張った。これ以上ない、最高の引退試合となった。

 「来年もアイツと一緒に戦うのは変わらない、俺はそう思っている。選手からコーチに役割は変わるけど、着ているユニフォームは変わらない。今後は指導者として、現役最後の試合で2本もホームランを打てるような、そんな強い心を持った若い選手を育てて欲しい」(多村)

 一夜明けた翌日、小池は「試合が終わってからは夢の中にいるような感じだった」と振り返った。「でも、いつまでも感傷に浸ってはいられない。これからは指導者として強い選手を育てていくことに全力を注いでいく」と言い、数日後には若手主体の教育リーグが開催されている宮崎県に、コーチ・小池正晃として早速飛び立っていった。まだ来季の背番号は決まっていない。背番号8のユニホームを着たまま指導している。